山の上

だいたい自分のために書いてる

タイトル未定(ニューヨークの旅)その1

 一年半ぶりにニューヨークに来た。ご時世なのであんまり公開アカウントで大々的にはいえないけど、私にとってこの春休みが人生最長の休暇になる可能性があるので、無理やり来てしまった。陰性証明書が必要だったり、入国審査がやたら厳しかったりと大変だったけど、空港を出てからは何も干渉されることがなく逆にビビる。今日で渡米4日目になり、だんだんと馴染んできた。これまで書いていなかった文章を少しずつ書いていこう。

 

 

1-プロローグ

 寝て起きたらあと何日。寝て、起きたらあと何時間。

 旅に出る時、その前夜は暗い気持ちになる。戻れるならば飛行機を予約したあの日に戻って「もう一度踏みとどまれなかったのか」と過去の自分に問いかけたい。過去と現在の双方を常に照らし合わせながら未来の選択を考えることが、旅のおかしなところだ。旅人は、迷いたくないから旅に出ていくのだと思われているなら、それは私の考えている旅とは違う。旅をすることは不安定でいることでしょう?緊張が常に視界を鮮明にする。旅人の進む道は、ここまでの道のりつまり心身の軌跡を照らしあわせながら不安と負担を背負った選択が織り成す意思の集積。

 

 私にとってアメリカだった旅のフィールドは、他の人にしてみれば中国かもしれないし、インドかもしれないしブラジルかもしれない。ヨーロッパを転々とする人もいるだろう。むしろ、ヨーロッパなら様々な国が集まっているから、より多くの言語や通過とも出会える。

 なぜアメリカだったのか、それは私にもわからない。なんとなく巡ってきたチャンスの舞台がアメリカで、車で三週間延々と走りながら人々に出会い、謎の虫に出会った。まっすぐ伸びるフリーウェイを走れば、続く路上の消えてしまいそうな遠方の一点と、この瞬間にもその先へと近く自分自身の体の位置関係は、ここまで広いとある大陸にまで来ないと体感することのなかった特別なものだと確信できるだろう。

 

 初めてアメリカに行った2018年、テキサス南方のガルベストンという街で、見たことのない雲を発見した。気候は生暖かい風にメキシコ湾から運ばれてきた湿気が漂っていて、全体的に雲がかった空が目に優しい光のみを篩に掛けているような、風は強いもののふんわりとした、爽やかな空気が流れていた。私は安モーテルから出て、飲み物を買いに最寄りのデリまで歩く。20分ほどの散歩だ。砂っぽい道路にはあまり車の通行は見られず、近くにある小規模の飛行場に時々小型機が発着したりする。私たちの一行は昨日、このガルベストンにある米軍基地の一室でライブとパーティーをした。軍事拠点としての殺伐さと、メキシコ湾に面するわざとらしさのリゾート演出は、なんとなく横須賀や熱海を想起させた。デリに到着する前に、少し強い風がふいてきたので空を見上げた。高い建物がないから、風を体全体で受けることができ、しかし、浮くことはない、自分の身体の重さを風によって体感する。ほとんど直線で細い糸のような束の雲。雲の種類なんて、とっくのとうにコンプリートしていると思っていたので、常識を覆された気持ちでいた。今思い出してみても、見たことのない雲がまだあった経験によって、旅というのは面白いなあと改めてしみじみしてしまう。

 

 

 

2-羽田からデトロイト行きの飛行機にて

 

 デルタ航空を愛用している。よく行く都市がデルタの網羅している地域だったというごく普通の理由で、である。今、この文章を書いている私はデトロイト行きの機内にいる。

 乗客は多くはない。私の横二席は空いているし、前後のシートも空いている。列を挟んだ隣のシートには、日本ではあまり見かけないユダヤ正教徒の男性の二人組が、一席開けて隣りあって座る。黒い服と黒い帽子、そしておきまりの髪型だ。後頭部からヘブライ語の文字がびっしりと入ったタグが見えた。ニューヨークでいつも借りているアパートはユダヤ正教徒の居住区の近くにあり、自分にとっては馴染みの光景だったが、機内とはいえ日本で見かけるとなると少しハッとする。彼らもデトロイトを経由してニューヨークへ行くのだろうか。ニューヨークはアメリカ国内でもっともユダヤ人コミュニティが発展している地域である(ちなみに3位はフロリダ州のマイアミで、あんな暑い場所でどう工夫して過ごしているのか、調べようとして毎度忘れてしまうのを今また思い出した)。デトロイトユダヤ人コミュニティがあるという話はあまり聞いたことがないから、おそらく最終目的地は違うんだろう。

 

 そういえば、デトロイトのあるミシガン州は国内ではもっともムスリムが多い州だと現地の大学生が教えてくれた。ムスリムの多さとマルコムXは関係しているのかなあ、とぼんやり考えたが、マルコムXミシガン州との関係はなさそうだ。

 

 ああ、ユダヤ人の話からずれてしまった。「ken」といっているのがわかった。Yesという意味。普通の機内食ではなく、特別な紙の箱に入っている機内食を食べたあと、比較的大きな声で会話していた。私は通路を挟んだ窓際で『The invisible man』を鑑賞した。

 

 

 

3-Aライン

 

 Aラインとは、1932年に運行が開始されたニューヨーク地下鉄の路線だ。北に位置するブロンクスから、南へマンハッタンを通り、東へ進む。ブルックリンとクイーンズを横断して、私が今回到着したJFK空港に到着する。そのあとはまた南方に進み、ニューヨークではもっとも綺麗(だと私は思っている)な、ロカウェイ・ビーチへ通じている。ニューヨークシティを一通り通っている路線だと言えるだろう。

 

 だからこそなのか、その路線は治安の悪い地域も通る。今年に入ってからAラインでは、殺人事件が二件も起きている。

nypost.com

 

 治安の悪さではブロンクスが有名だが、個人的にニューヨークの中でもっとも鬱屈としているのはタイムズスクエア等があるマンハッタンの東にある、イースト・ニューヨーク。ブロンクスにはヤンキースタジアム(野球場)があるし、動物園もあったりするので、路地裏は危ないとしても、表側は観光地も多い。そして、なんやかんやで人通りは多い。若干の郊外が一番危険な匂いがする。

 

 それは今回Aラインに乗っていても明らかに感じた。まず、空港からそのAラインの駅に行くと、電車を待つ乗客はみな常に周りを見渡している。別のプラットフォームには奇声を発しながら駅構内を周回する男性がいる。見かけは背の高く、賢そうだ。こちら側のプラットフォームは比較的安定していた。しかしこの人たちは一体どこへ行くのだろう。そして、ここは空港の最寄駅なのに、空港の利用客は私しか電車を待っていないじゃないか。

 

 電車が来た。もちろん、女性など一人も乗車していない。これはロサンゼルスの電車以来の気分だ。緊張感がある。

 

 向かい側に座るのはメタラーみたいなロングヘアにカールのかかった白人男性。ギターのバックを持っている。こちらを見ている気がする。携帯電話は繋がらない。手帳を取り出して、ニューヨークでやりたいことをもう一度整理しようと思った。不幸なことには巡り合わなかったが、この列車に乗るとき、隣の車両のシートに路上生活者が横たわっているのを見かけた。遠くに座る男性のイヤホンから漏れるトラップの音楽の低音は私の耳まで届く。

 

 ああ、ニューヨークに来たのだな。みんな優しくてみんな冷たい街。団結と断絶の都市。地下鉄の構内にはイチゴジュース見たいな甘い匂いが充満している。私はこの匂いが好きだけど、他の日本人に聞けば、この匂いは「臭い」らしい。

 

 

 

 

続く