山の上

だいたい自分のために書いてる

自分の幼少時代は極悪だったことをまた思い出していた。

 

 

 今日は週に一回の読書デートだった。別れて、人の少ない新宿線前方車両に乗った。ツイッターをちょっと見たら携帯は閉じて本を読もうと思ったので、若干スクロールしていたら見つけた、知らない人の小さい頃踊ったバレエの動画。

https://twitter.com/2ponlove/status/1262034687607750659?s=21

 

最初の数秒、わたしはバレエを初めて見た人かのように驚いた。「すごい!こんな踊りがあるのか。本当にこんなのができる人がいるんだ」と心の底から思った。

 

自分にとってバレエは、もちろん初見ではない。

その後何十秒も見続けていくうちに、"自分はバレエというものを知っていたこと"を思い出す。

その次は、小さい頃 - 大体小学校低学年の頃、自分の周りにバレエを習っていた友達がいたこと。

 

そして、バレエをやっている同級生を見ては、「自分はやってなくてよかった」と思っていたこと。ここまで容易に思い出すことができた。

 

 バレエは女性のもの、と思い込んでた当時の自分が悪いのだけど、それにしても、バレエほど女性性を拡張するものなどこの世に存在するのか?と思っていた。大量のレース、真っ白の衣装、メイクは、それが単なる衣装でありバレエをやる上の定形型だとしても辛すぎる。公開処刑に近しい。女っぽい格好をするのは恥さらしだった。基本的には、バレエを習うその子たちは本人が望んでやっているものだと思っていた。けど心のどこかで、親の承認欲求のためにバレエ教室に通わされているんじゃないかとは何回も思った。『だってあんな格好、自分からしたいと思わないでしょう?』小学生だからこそよくそんな事を思った。

 

 バレエの衣装に対してそう思うのは間違いなくどこかでバイアスがあって、結果的にあの衣装に違和感を抱くことになった。

たとえば、小学生の時にピンク色の服やレースのついた服ばっかりを着ている子は、陰で必ずぶりっこだと言われていた。今考えれば理不尽なことでも当時は、何か言われるのもいじめのターゲットになるのは御免だから、少しでも外見に関する不安に関しては(特に服)何がなんでも回避してやるという気持ちでいっぱいだった。

 

特にメゾピアノみたいな可愛い色の高級子供服は、親が好んで子供に着させているケースが多いので、本当に残念というか…いまなら同情できます。でも親って、小学生の子供の衣服が学校ないあでどう言われてるかなんてわかるはずもない。それに、いじめられてる子供から直接『自分はいじめに遭っています』みたいなのも言えるケースなんてほとんどないから…………あ〜、こういうのもあって、この世に人間を産み落とすなんてできないし、本当に怖すぎるとか思ってしまうね。

 

話がズレたけど、理不尽さがかなり大変なバイアスを生み、女性っぽくなる可能性があるものを拒否してしまう結果になった。小さい子は、自分の当たり前は他人の当たり前だと思いがちなので、偏見が生まれる事自体は仕方ないことだと思いつつも、本当に自分の幼少時代は極悪だったことをまた思い出していた。