山の上

だいたい自分のために書いてる

ジョンさんの話①


 さっき連絡が来たから思い出したんだけど、私の2019年ヨーロッパ旅が終わってストックホルムからニューヨークへ戻った時に迎えに来てくれたのはジョンさんだった。JFK空港に到着して、ロビーに出た頃には既にジョンさんは到着してた。ぴかぴかの青い車だった。なぜかせかされ、キャリーケースをジョンさんに渡して、自分は助手席に飛び込んだ。キャリーを後ろに積んで運転席に戻ったジョンさんはハグをする前にもう運転をはじめた。

 

 その日の空港の混み具合は覚えていない。ジョンさんに会いたくて会いたくて、スウェーデンからのフライトのことも、空港のことも、記憶に全く残っていない。かろうじて覚えているのはスウェーデン出国前、空港行きのバスにカメラを忘れたことだった(見つかった)。



 ヨーロッパにいる間、ジョンさんはサンフランシスコに用事があった。

私はその予定が転職のためのプレゼンテーションで、ジョンさんは正真正銘のシリコンバレーに赴いていることは当時知らなかった。ラインでやり取りをしていた。プレゼンの準備で忙しい間に電話をくれた。ビデオ通話の間に変なフィルターを使って遊んでたのを見て、こういうので遊ぶタイプだったんだ、と、ふと思った。

 

結果としてジョンさんはその採用は取り逃がした。それ以降も彼は何度か転職のプレゼンの度にサンフランシスコに行っていた。彼はNYの気候が嫌いだから、と言って聞かなかった。

 

 

だけどまだジョンさんは NYにいる。二人ともNYにいる現実が、気持ちを穏やかにした。空港から高速へ入ったあたりでジョンさんが「お腹空いてると思ったから、ちょっと買ってきたよ」と言ってパンと桃のジュースをくれた。

 

 

パンをほうばりながら、ニューヨークの高速道路の風景を横目に運転する横顔を見ていた。なんですか、と聞かれた。なんもないよと答えた。本当になんでもないけど、今の34歳ってこんな若々しいんだというか、なんかしなやかで美しい男の人だなと思った。あんまり普段は思わない感情を覚えた。

 


海沿いの高速道路だったから外もチラチラ見たんだけど海は見えなかった。もしくは黒い海が見えた。

 



 初対面は飛行機の中。離陸してから1時間ほど経過した頃くらいに、機内食を食べながら電源を落としたディスプレイを見つめる。機内は肌寒くて、ダウンを膝に掛けたままだった。配られたブランケットを腰に巻いて、飛行機の中心の席でもなるべく楽になれるように凝らした。

 

隣に座っていた人が私に話しかけた。

 

 

確か第一声は「なんの用事で?」だった。

わたしは、

 「え」

 「今から留学に行くんです」

とこたえた。

 

右隣の席に座ってたその人は、そうかそうか、と頷いた。そして続けて聞いた。メガネをかけていて、髪が短かった。暗い機内でぼそぼそと喋っていた。30歳後半くらいに見える。

 

 

 「何を勉強するのですか」

 

 「写真をやってて、でもこれは、、単に語学を勉強しに行くだけですよ」

 

 

その人は何か、ほほえみながら、私にとって嬉しいことを言ってくれたと思うのだが聞き取れなかった。私は聞いた。

 

 

 「何をされてるんですか」

 

 「エンジニアです。NYで働いてて」

 

私たちの乗っている飛行機は北京初ニューヨーク行きだった。

 

 「北京には、なぜ滞在を」

 

 「実家に戻っていたんです。母親に会いに行っていました」

 

 「そうですか」

 

 「はい」

 

 

私たちは黙り込んだ。私は心臓がバクバク言ってるのを抑えるために愛想よくした。愛想よくすれば、英語ができなくても悪い印象は与えないだろうと思った。

そのあと隣の人は映画を観始めた。アクション映画だった。私はずっと寝ていた。ふと起きて本を読んでいたら、再び話しかけられた。

 

 

 「どこに暮らしているの」

 

 「あ、アストリアというところで。クイーンズの」

 

 「クイーンズなんですね」

 

 「はい、どうやら」

 

 「あなたは」

 

 「郊外です。北のほうに2時間くらい行ったところに住んでます」

 

私はマンハッタンから北に続く地下鉄の路線をいくつか知っていたので、それらを思い浮かべた。ハーレムを通りブロンクスへつながる地下鉄。でもブロンクスに住んでる人ではなさそうだ。

 

 

 NYに着陸するとその人はそそくさに支度を始めた。私も入国のためのパスポートと書類を確認した。飛行機で隣の人に話しかけられるのは初めてではないし、むしろほとんど毎回のことだ。このままこの人がこの場を立ち去ってしまったとしても、それを別れだと受け入れるのは簡単だった。だけどその人は何か気が付いたように携帯を手にとって、「連絡先を交換しておきましょう」というのだった。

 

顔もよく見ないで話したその人は支度を終えてすぐ機内から出て行った。話すことはないけれど後について行った。移民局で、私は外国人の列に並んだ。ああ、あの人は在留のカードを持っているのかと、別の、遠くにある列に混ざって見えなくなっていくのを横目に見ながら思った。

 

中国人学生の多く並んでいる移民局で私は2時間以上かけて入国審査を終えた。なぜLINEをやっているのかはわからないけど、登録はしてあるらしいのでLINEを開いてもらって交換した。見てみると設定されている名前はJohnだった。

 

 

 

のちに出会うのは二ヶ月後になる。



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