山の上

だいたい自分のために書いてる

タイトル未定(ニューヨークの旅)その3

 うちのアパートに怪しい人間達が住んでいることは以前にも書いた通りだ。アメリカだからなのでは無く、うちのこのアパートのオーナーに問題があるのだろう、一切のドキュメントが要らず、本人確認もパスポートの提示も求められない。私はここのアパートを借りるのは2回目。

 

1回目にここに住んでいた時は隣の空き地になにやらモダンなビルが建築されているところで、朝7時から工事の音が鳴り止まず大変だった。しかし窓を開けると、駅へ向かう人がちらほら話しているのが聞こえた。このアパートは中華街の端くれにあり、また、メキシコ人街の隣にあるが、中国人はコミュニティ内で生活しているから、都心であるマンハッタンへ向かうためにこのアパートの前を通るのはメキシコ人が大半だ。ここに住んでからスペイン語の音が好きになった。

 

 

 私が住んでいるのは一階。同じアパートの二階には日本人の友達が住んでいる。二日に一回くらいは朝まで飲んだり、作品の話をしている、同居人的な存在である。

「私がいなかった一年半の間にこのアパートの住民に入れ替わりはあった?」


「ああ最近は安定してるよ、はなちゃんがいない間にその部屋は日本人の別の姉ちゃんが入居してた、いつの間にかその人も出ていったけど。」

「そうなんだ。もしかしたら、その人が内見にきた時に少し顔を合わせたかもしれない。あの人、いなくなっちゃったのか。」

 

ここのアパートに暮らす人間は突然やってきて突然いなくなる。おそらく部屋の貸し借りとはこういうものなのだろう。ただ、この家は書類要らずの契約つまり口約束だから、追い出される時も一瞬で、同居人曰く、過去に住んでいた日本人の青年は家賃の滞納でこのアパートを追放され、出禁になったそうだ。

 

「はなちゃんが住んでる部屋の向かい側の部屋には、今、日本人の50代のおっさんが住んでる。」

「へえ。50代にして一体なんでこんな街に住もうと思ったんだろうなあ、で、どんな人?」

陰謀論を信じてる。毎日ユーチューブを見て"勉強"してるって言ってた」

 

つまり私はこんなにも近くで陰謀論信者と暮らしているのか。一回出会って捕まると長々と話をされるらしい。それに加えて、ニューヨークでは原則マスク無しでは店舗には入れないのだが、その人は絶対にマスクを着けないらしい。同居人は出くわした時、君もマスクを着けてるのか!と軽く説教をされた。同居人は話しながら若干呆れて「ああいうのがいると他のアジア人が偏見食らうからやめてほしい」とつぶやいていた。まったく、そのとおりですわ。

 

 

 その話を聞いてからというもの、謎に向かい側の部屋を意識するようになった。このアパートが安い理由の一つとして、キッチンとバスルームが共用。なるべく清潔を保つのは当たり前として、誰かが廊下を歩いている時はすれ違わないようにする。だから顔は合わせないし、これを書いている今もまだ私はそのおっさんの顔を見たことはない。

 

 ある日、外出しようとして部屋を出た時に、そのおっさんが入居している部屋から大きな音でテレビかラジオの音が聞こえた。英語で何かを読み上げている。こんな大音量で何を視聴してるんだと思い、若干集中してその音声を聞き取ろうとする。「Space War」について話していた。ああ、多分本当なんだろうな、知らないけど。今、 Duckduckgoで調べているところ。私は何をしてるんだろう。

 

 

 

 

 

続く